France / Loire
OLIVIER COUSIN オリヴィエ クザン
· LE VINAIGRE DES COUSINES CHENIN
品種 シュナンブラン
ヴィネガー 200cc
甘酸っぱい味わいが心地よい。
どんな食材とも合わせられるニュートラルな味わい。
ワインは空気との接触を高めるため、開放樽に入れら れます。温度は 20 度から 35 度をキープ。 酢酸菌を入れ 1~3 ヶ月間かけてビネガーに。 その後澱引き、瓶詰め。
この度、クザン家から新たなプロダクト生まれた! 完全ピュアな「ナチュラルワイン」をひたすら時間をか けて熟成させた「ビネガー」 ナチュラルワインを生業にするクザン家にとって、おい しい飲み物の継続的な変化を試してみたいと思ったの は自然なこと。
自然にゆっくりと酢酸発酵を経るため保存性が高くな る。最初から最後までオーク樽で熟成すのも伝統的な手法。
(インポーター資料より)
OLIVIER COUSIN / LE VINAIGRE DES COUSINES CHENIN 200cc
フランス ロワール(アンジュ地方)
1960年生まれのオリヴィエ・クザン。
言わずと知れたナチュラルワイン業界の第一人者。その「職人気質」からか、「異端」とも言われる。独創的であるが故、世界中に熱狂的なファンを持つオリヴィエには、ワイン造りを始めた当初から今に語り継がれている数々の逸話がある。
~~
醸造学校にも通ったが、「何も学ぶことはなかった」とオリヴィエ。
2005年にアペラシオンを離脱。INAOのアペラシオン・コントロレの下で造られる工業的なワインに抗議を表明するため、ラベルに「AOC ANJOU」(※Aアペラシオン・Oオリヴィエ・Cクザンを意図)の文字を残してワインをリリースしたため、INAOから規則違反を受けた。
訴訟問題になってもなお、筋を通すため、彼は信念を曲げることはなかった。その姿勢に賛同したオリヴィエの支持者たちは、大挙して裁判の日に詰め寄せたという。この事件がきっかけとなり、工業的なワインとは全く違う、『職人によるワイン造り』に、多くの関心が寄せられることになった。
※訴訟の末、現在はVin de Franceとしてリリースされているオリヴィエのワイン。現在のバックラベルのAOCの文字にはオリヴィエの『新たなメッセージ』が書かれている。
また、彼の夢はヨットでの無寄港世界一周。そのヨットにワインを載せ、どんな味わいの変化をもたらすかを実験するなど、これもまた次元が違うエピソードの一つ。
一時引退?と言われたが、現在も少量生産。畑は当時の1/3ほどになっているが、世界中からの彼のワイン人気は衰えず。日本でのリリースもこの1回のみ。畑を引き継いだ、息子であるバティスト・クザンのワインもファースト・ヴィンテージから枯渇状態に。
畑は、アンジェの街から南に約20km。レイヨン川をはじめ多数の小川が流れ、穏やかな起伏ながらも非常に入り組んだ小渓谷が連なる、風光明媚な地域。
ワイン造りを始めた80年代半ばは、ビオでぶどう造りをしている生産者はほとんどいなかった。一貫して余計なものを排除し、自らの信念を貫き通すその意志の強さと徹底的した姿勢に、彼のワインを飲んだナチュラルワインのプロに
『これがナチュラルでなければ、何がナチュラルなのか』と言わしめる。
そのワイン造りの神髄は、ロワール、いやナチュラルワインそのものの土台となっているといっても過言ではない。
事実、ニコラ・ジョリーと共に、ビオディナミによるワイン造りを啓蒙する「ルネッサンス・デ・アペラシオン」の中心メンバーであるマルク・アンジェリは、2000年から全ての畑を馬を使って耕しているオリヴィエから、その方法を教わったという。
オリヴィエ曰く、
「古くからワインはぶどうを手で摘み、ただ自然に任せてワインを造ってきた。補糖せず、酵素も使わない発酵によって、土壌とぶどうの風味がはっきりと現れるワインができあがる。昔と同じ農業をすれば、醸造技術や醸造コンサルティングなど必要ない。」
彼のこの信念は今も全くブレることがない。
1960 年生まれのオリヴィエ・クザンの夢はもっぱら ヨットでの無寄港世界一周。大西洋はすでに制覇し ていた。84 年 25 歳の時に祖母が亡くなり、すっかり 消沈した祖父を見かねて、ヨットに見切りをつけ、祖 父が所有していたぶどう畑でのワイン造りを受け継 いだ。
そんな彼の畑は、アンジェから南に約 20km のア ンジュ地区に位置する。この辺りはレイヨン川をはじ め多数の小川が流れ、穏やかな起伏ながらも非常に 入り組んだ小渓谷が連なり、緑豊かな山々が多い風 光明媚な地域となっている。
祖父の代から一切除草剤など使用したこと がなく、そのまま自然な農法を続ける。その経 験を活かしつつ、究極のぶどう栽培&醸造をしようと 1987 年に独立。
1996 年には、当時としては目新しいビオロジ ックの認定「カリテ・フランス」を取得する。当 時は「ビオ」に注目する栽培家は少なかった時 代であり、早くから実践した一人である。
醸造学校にも通ったが、「何も学ぶことはなかっ た!」と、マルク・アンジェリやクルトワなど自然 派の仲間たちと意見交換をしながら、独自のワイ ン造りに情熱を燃やす。カベルネ・フラン、シュナン・ ブランなどの地元品種を最も大切に考える。
ワイン造りのポリシー
2002 年には「ビオディナミ」に移行し、 「自然を尊重して育てたぶどう」、「人が 技術的に仲介しない醸造」をポリシー に、ボルドー液とイラクサなど薬草の煎じ薬 で病気予防をする他は、除草剤や化学肥料 などを一切使わない栽培を貫く。
オリヴィエ曰く、「ワインとは 2000 年、 いやそれよりもっと前から造られてき た飲み物である。ぶどうを手で摘み、ただ 自然に任せてワインを造ってきた。補糖もし ないし酵素も使わない発酵によって、土壌 とぶどうの風味がはっきりと現れるワイ ンができあがっていた。昔と同じ農業をすれ ば、醸造技術や醸造コンサルティングは必 要ない。」とのこと。
彼のこのポリシーは今も全くブレることが ない。
早くから自然栽培をしながらも当初あまり 有名にならなかったのは、人前に出たがら ない人柄とともに、別段変わったワイン造り をしているのではない、という職人気質なと ころが強いから。
馬によるぶどう栽培
祖父が使用していた馬の農機具もそのま ま残っていたため、2000 年から 100% 馬で耕している。
また、ドメーヌ・サンソニエールらと共 に馬を使った農作業を行う、「トラクシ ョン・アニマル」を立ち上げた。
トラクターだと、耕したようでも機械の重量 とエンジンの振動で、長い目で見れば土が 固められてしまうのだ。
また、畑の土を押し固めないことにより、 土中の自然酵母を十分に発育させるこ とができる。
もう一つ重要なのは、自然環境を重んじ たぶどう栽培は、馬で耕すスピードが丁度 いいということ。自らの足で土を踏みし め、ぶどう樹の状態を観察しながら作 業をする。
ゆっくりそして視線が低いから、トラクター に乗っていては到底気づかない細かな部 分までぶどうの成長が把握できるよう だ。ちなみに馬は 5 頭保有している。